2012年5月15日
原発立地の自治体で闘う仲間たち〈2〉
〜 原発は科学の問題じゃない。「愛」の問題 〜
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| 東海村で唯一海に出られる場所。第二原発が見える |
長く活動してきた相沢さんによると、みかさんは「彗星のように現れた人」。 背中をぽんと押され、ミツバチのようなエネルギーで動き始めたみかさんは、6月議会にかける請願活動と同時に、5月19日の「ミツバチの羽音と地球の回転」上映と鎌仲監督×村上村長トークライブの準備を進めています。
4歳の娘を持つゆきこさんは「3.11まで何も考えてこなかった。まだ判断能力のないこの子を守るには、私が判断しないと、と活動を始めました」。
署名活動で一人500筆を集めた日立市の荻さんは「日立製作所の城下町でずっと負け続けてきた。でも、安全教育を受けた若い人たちがどんどん変わってきているのを、署名活動をやるなかで実感した。今度だけは絶対勝ちたい。地方自治を壊している原発を止めて、新しいまちをつくっていきたい」。
広域で仲間を募り、茨城初の住民投票をめざすNさんは「子どもがいないのに、なぜ子どもを守る活動を始めたのか? と時々聞かれてびっくりする。大人が子どもを守るのは当たり前。当事者への想像力の欠如。私たちが置かれていた社会構造そのもののおかしさ、分裂・分断の仕組みに福島の事故でやっと気づいた。原子力をどうするか? 着地先は、小さなコミュニティの再生だと思う」。
そして、東海村に原子の火が灯った年に福島で生を受けた谷田部さんは、「日立市、ひたちなか市、東海村は送電線とアスファルトの世界。地面が息をしていない。人類の歴史を考えたら50年は一瞬。まだ間に合うのなら、元に戻したい。
第二の福島にならないように、この言葉がどんなに福島の人を傷つけているか。避難しないことがまるで子どもを虐待しているように言われるのがどんなにつらいか。福島にはまるで気にしていない人は一人もいない。原発は科学の問題じゃない。『愛』の問題なんです」
とても書き尽くせないそれぞれの人生、子どもを守る必死の闘い、すべてのいのちへの強い思い……。圧倒されて、返す言葉もないまま、ばたばたと帰ってきてしまったのがいまになって悔やまれます。
東海村は国立から136km、浜岡は167km、柏崎は208km。そんな距離感さえ3.11以前持っていなかった私たちは、やはり原発を他人事としてきたのでしょう。自分で引き受けられないものを他人に押しつけて、オカネで不安を飲み込ませ、それを「自己責任」という言葉で見ないふりしてきたのは、政府というよりむしろ自分自身。他者との壁を取っ払わない限り、原発をなくすことはできないでしょう。『東京原発』という映画がありますが、紛れもなく私たちは当事者。想像力を補うのは、直接の対話と心の交流しかありません。祝島はじめ原発立地のまちを何度も訪れてきた冨田さんの言葉が改めてずしりと響きます。
国立の仲間とこの一日を振り返り、思いをシェアして、次のアクションにつなげたいと思います。東海村、那珂市、日立市、ひたちなか市の仲間たち。いのちのために、愛のために闘ってくれて、ありがとう。また、近いうちに会いましょうね!




